本の寄り道ブログ

科学や歴史、文学についてのコラム集

車輪を知らない火星人~イーロン・マスクとH・G・ウェルズ~

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火星人 イーロン・マスク


2013年、テスラとスペースX社のCEOイーロン・マスクがハイパーループの構想を提唱し世間を驚かせた。ハイパーループは減圧された真空のトンネルの中を列車が走行するというアイデアで、実現すれば時速1000kmを超える超音速で人や物を輸送できる。

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イーロン・マスク(*1)

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ハイパーループの想像図(*2)


約5000年前、人類は車輪を発明し圧倒的に少ない労力で重たい荷物を遠くへ運べるようになった。
 

SFの巨匠H・G・ウェルズの小説『宇宙戦争』は人類よりはるかに高度なテクノロジーを持った火星人が地球を侵略しに来る物語だが、その中に、車輪についての面白い表現がある。

火星人が使う装置について、なによりも奇異に感じられるのは、人間が使うほぼすべての装置に 共通する特徴にかけている__すなわち、車輪が存在しないということだ。【中略】

火星人が車輪を知らなかった(これは信じがたい)にせよ、すでにその使用をやめたにせよ、その機械装置には、固定した軸によって回転運動をひとつの平面状に限定するという方法が使われていなかった。(*3)

ここでウェルズは人類の文明を、車輪を基礎とする機械文明である、と捉えている。車輪は人類にとって常に機械装置の要であり、無類のエネルギー変換装置だったのだ。しかしそのうえで、火星人は車輪を遠い過去の遺物として忘れ去ってしまっているのである。

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H・G・ウェルズ(*4)
宇宙戦争 (角川文庫)

宇宙戦争 (角川文庫)

 

 どうやら今のところイーロン・マスクのハイパーループは車輪がなく、磁力で浮揚しながら走行するデザインになりそうだ。人類は遠い未来、車輪のことをすっかり忘れてしまうかもしれない。しかし、ハイパーループが注目されている所以はその驚異的な速度だけではないところが重要だ。空気抵抗と摩擦から解放されることでハイパーループは非常に低燃費であり、二酸化炭素もほとんど出さず、極めてエコロジカルなのだという。

人類はいつの日か「火星人」になる日が来るかもしれない。しかし、傍若無人なウェルズの火星人のようではなく、もっと節度のある「火星人」になれるかもしれない。


【引用元】
*1:Elon Musk: Six secrets to Billionaire Elon Musk business success - BBC News Pidgin

*2:ハイパーループ - Wikipedia

*3:宇宙戦争 (角川文庫) Kindle版 H・G・ウェルズ (著), 小田 麻紀 (訳) 位置2355

*4:H. G. Wells - Wikipedia

 

【追記】

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